| ||||
http://www.tobari-kaikei.com/cgi-bin/login.cgi 更新君 |
||||
橋本多佳子 the fierce snowfall-- I'll die having known no hands other than my husband's Tr. Ueda . . 雪はげし 抱かれて息の つまりしこと Gasping for life, choked by his embrace as it happened...the storming snow Tr. Eiko Yachimoto . 雪はげし 書き残すこと 何ぞ多き it snows hard... how could it be enormous what I must write before dying? Tr. Takiguchi わが息の かすかに白く 生きるはよし my own breath is slightly white - good to be alive 雪の日の 浴身一指 一趾愛(いと)し on a snowy day my bathed body, a finger a toe--I love all of it! Tr. Makoto Ueda (source : Translating Haiku Forum. より) 破墨法 芭蕉 野分して盥に雨を聞く夜哉 侘てすめ月侘斉がなら茶歌 芭蕉は俳諧の真髄を「わざとも侘びてこそ住むべけれ」という姿勢におこうとしている」 長谷川利行 放浪の天才画家 己が身の 影もとどめず 水すまし 河のながれを 光りてすべる 利行短歌 地位肩書きがなくとも 民族の中に 不滅の芸術を 残すことができる 画家は自らの命、あるいは魂を、病院の点滴のように作画のなかに移し、自分は現世から焼場の煙と共に消え去っても、作画に移った命は永遠に生きてゆく、そこに俗人とは異なる天与の使命があるのです。 (長谷川利行展・1976年・毎日新聞社、日本橋三越) |
||||
|
パレルモの植物園 いかにも人間とは反対に、頭を大地に深く突っ込み、逆立ちして生殖器(花)を上のほうにさらけ出している植物たちの集団は、私たち人間に、人間の状態への根本的な反省を強い、かくて有機体のモルフォロギア(形態学)に関する真理を啓示するものであるかのごとくである。 (イタリアの夢魔・渋沢龍彦・門川春樹事務所)
バーナードリーチ Sheep are nibbling the grass Would I had a pillow On Romney March Where flat winds blow through willow
My heart is full on Chritmus day Of what has been ,great seas between(日本絵日記・バーナードリーチ・講談社学術文庫) パクス・ヤポニカ 日本史における平安時代350年間と江戸時代270年間の二つの平和の時代をさしています。 話しかた 実際、楽しませたり、ものを教えたりするために誰かに話しかけるのとーーー指導したり影響を与えたり、つまり一言でいえば動かすために話しかけるのとでは全く別なのだ。このことは他動詞的な話し方と自動詞的な話し方との相違というものによく現われていよう。 花 タルプ市の公園の入り口には、次のような掲示がでている。 花を手にして 庭園に入ることを 禁ずる 今日では、文学の世界の入り口にもそれが見られるのである。 春になったら 春がきたのに、さよならね・・・・ 春になったらという約束を、私だって何度したかわからない。そして数知れないそんな約束の うち、いったい幾つが果たされたことだろう。 (触れもせで・久世光彦・講談社) 萩原朔太郎(1886−1942) 「何もしてくれなくても良い、ただ夫がそっと身体を包んでくれれば、女の幸福が得られるのに、」(閉ざされた庭)
人生の 橋渡りても 彼岸なし 人生に無数の橋があっても、あの世とつなぐ橋はない。この世限りの渡橋、渡り終えても、この世の岸である。 長谷川利行碑 1969年10月15日序幕式 東京上野不忍池に自然石「利行碑」熊谷守一署名。
花木槿 それがしも其の日暮らしぞ花木槿 小林一茶 俳諧の本 鬼才「荻野清著作集」 |
|||
美術に王道なし 絵描きという仕事は、誰に頼まれるのでもない、自由業の典型で、食えないからといって、人を恨んだり、けなされたといって泣きごとを言うことができない世界である。「美術に階級なし」(立軌会) |
||||
人の上言う 人の上言ふを腹立つ人こそ、いとわりなけれ。いかでか言はではあらむ。わが身をば差し置きて、さばかりもどかしく言はまほしきものやある。 表象不可能性 具体的には「語りえないものをいかに語り伝えるべきか」あるいは「語りえないものとはそもそも表現できるものなのか」というほどの問題だと、ひとまずお考えください。 美学 論理学など理性によって合理的に物事を認識・弁別する学問に対して、むしろ「感性による認識をおこなう学」を意味する学術用語。 ひとりでは多すぎる アメリカの女流作家、ウィラ・ギャザーが ヴァルモール夫人 Les Rose de Saadi (斉藤磯雄 フランス詩話 新潮社) ヴィルドラック
美術館は、喜びを与え、人生を豊かにし、真の芸術家のように美を見る眼を養う。 "a joy-giving life-enhancing infulence,assisting people to see beutifully as true artist see" フィリップス・コレクション展(2005年6月17日ーー9月14日TB森アーツセンターギャラリー)主催者あいさつより 平等と自由 私にとって平等とは「誰でも世界で一番自分が大事」ということです。私が大事なように、あの人も自分が一番大事なのだから、あの人も大切にしなければいけない。 微笑 ひとを思い出す。そのとき、まずきまって思い出すのは、その人のどんなことより、なぜかその人ののこした微笑で、微笑は、どんな表情よりひとのこころにはたらきかける不思議な作用をもっています。 美 美とは、生きている感じだ。〔ロダン} ピカソの最大の功績 「子供の発見」です。芸術の世界では子供とは才能そのものです。
|
||||
藤原 俊成(平安後期ー鎌倉初期の歌人) 夕されば 野辺の秋風 身にしみて うずらなくなり 深草のさと(千載和歌集) をきあかす 秋のわかれの 袖のつゆ 霜こそむすべ 冬やきぬらん |
||||
文学 美と倫理の断片をしっかり握りしめる。牧野信一「スプリン・グコート」のハイカラ趣味や、なまめかしい女房の妹の描写。嘉村磯太の酔ったあげくの禅話風のクダ。「おせいさん」梶井基次郎の「闇の絵巻」の美しさには身体もとろけるごとくなる。彼らは実に、よくやった。やってくれた。残された小さな結晶の破片の固さに、指先をふれるたびに、感激の念をもつてそう思うのであつたが、荒涼たる浜辺で拾いあげた、貝殻の美しさに見とれているには背後の大海のとどろきが、高まりすぎているのであつた。堀辰雄「菜穂子」。バルザックの短編「ザクロ屋敷」色鮮やかな小宇宙。中島敦「沙悟浄」 文化的景観 人間の心の働きを宿し、聖なるものの存在を感得させる自然も文化財です。人間が心を通わせ、畏れ、賛嘆し、感動する自然は、聖なる文化的景観であり、破壊の対象になりません。文化的景観の設定は、地球環境の保全のための有力なひとつの方法です。 文化、文明 文化、文明に生粋のものなどありえないのである。文化、文明は、すべて異質なものとの衝突、挑戦、敗北、占領、同化、異化、克服の歴史なのである。たとえば、奈良に行ってそこに何を見るか。むしろそこにインド、ペルシャ、中国、朝鮮の文化、文明の波が押し寄せて来て、その波の遺していったものを見る人の方が健康な眼を持っている言える筈である。 ブルー ブルーは諸君がそこにはいりこむと消える。赤は決してそういうことをしない。大気でできているものは、いずれも私たちがそれを見るために自分自身の外に出るならば、コバルト色に見えるだろう。ブルーの国は澄み切っている。 文学 ポーランも「タルプの花」のなかでいっているように、、おそらく文学は、前衛であろうと保守であろうと、それが文学である限り、「われわれを当惑させるようにでき」ていなければならないのである。
古泉千樫 妹が垣ね三味線草の花咲きぬ 月天心貧しき町を通りけり やぶ入りの夢や小豆の煮えるうち この恋の行末知らず冬牡丹 黒田杏子 |
||||
平城帝(平安前期の歌人) 故里と 成りにしならの 宮こにも 色はかはらず 花は咲きけり(古今和歌集) あをによし 寧楽の京師は 咲く花の 薫ふがごとく 今さかりなり(万葉集) |
||||
「 |
||||
http://www.google.co.jp/ |
||||
|
彼は本文(草の葉初版)29ページで「粗野なアメリカ人ウオルト・ホイットマン」について語っているが、「わたしは1819年5月1日に生まれた。身長は6フィート、1855年で三十六歳になった。−−わたしはひとり百姓であり、機械工であり、芸術家であり、紳士であり、船乗りであり、クエーカー宗徒であり、囚人であり、間男であり、碌でなしであり、法律家であり、医者であり、僧侶である」とうたっている。 (本の世界 庄司浅水著 毎日新聞社) 中国語訳源氏物語の作者 「海が見えた。海が見える。五年振りに見る、尾道の海がなつかしい」放浪記・林芙美子 (定食と文学・今柊二・本の雑誌社) (出久根達郎。日本古書通信2010年2月号} 野分のまたの日こそ、いみじうあはれにをかしけれ。 いと濃き衣の上曇りたるに、黄朽葉の織物、薄物などの小袿着て、まことしう清げなる人の、夜は風の騒ぎに寝られざりければ、久しう寝起きたるままに、母屋より少し、ゐざり出たる、髪は風に吹きまよはされて、すこうちふくだみたるが、肩にかかれるほど、まことにめでたし。 (枕草紙・坂口由美子・門川ソフィア文庫)
「今年はほんとに、いつまでも暑いな。」と云った時、お雪は「鳥渡しずかに」と云ひながらわたくしの頬にとまった蚊を掌でおさへた。・・・・・ いつも島田か丸髷にしか結っていないお雪の姿と、溝の汚さと、蚊の鳴く声とは、わたくしの感覚に著しき刺激を与へ、三四十年むかしに消え去った過去の幻影を再現させてくれるのである。・・・・ わたくしとお雪とは、互いに其本名も其住所をも知らずにしまった。唯濹東の裏町、蚊のわめく溝際の家で狎れ暱んだばかり。 一たび分かれてしまへば生涯合い逢ふべき機会も手段もない間柄である。 君と別れしわが身ひとり、 倒れ死すべき鶏頭の一茎と ならびて立てる心はいかに 法律 The Law isn’t justice。 I’ts very imperfect mechanism。 法律は正義じゃない。それは極めて不完全なシステムなのだ。 (ロング・グッドバイ・レイモンド・チャンドラー著・村上春樹訳・早川書房) 堀 辰雄 本を読む 一冊の本がみずからその行間にひそめるのは、その「今」という時間の持つ奥ふかい魅惑です。その本に生きている今という時間を読むということです。 (すべて君に宛てた手紙・長田弘・晶文社) |
|||
ホーム 戻る |