読書余滴  平成23年8月     戸張道也

「アリストテレスの言葉ー経営の天啓」古我知史・日高幹夫著・東洋経済

プロローグ いま、なぜアリストテレスなのか。

 時代の変化のなかで企業が柔軟性を失い、環境適応能力を失わせている。欧米発のマネジメント理論の源流は、アリストテレスを含むギリシャ以来の西洋思想にあったはずである。それが専門性を高めていく中で部分最適化し、トータルな知の体系としての本質的価値を危うくしている。日本と世界をつなぐ経営を考えるとき、求められているのは、形式的方法論、流行の経営理論ではなく、国境を超え、民族を超えた人間という存在への本質的な洞察ではないだろうか。

第一章ビジョンと戦略

1 事業の目的の在り様は「善」である。「すべての技術、すべての探求、同様に行為
  も選択も、何らかの善を目指すと思われる。」(ニコスマス倫理学)
 経営への示唆:事業とは「世の中のためになる、役に立つ、喜んでいただける」モノやサービスを提供すること。

2 経営者の「最高善」を事業のビジョンとする。
 「人間にとって善とは、生涯を通じての魂の最高の最も優れた活動である。」
 経営への示唆:経営者やマネジメントメント・メンバーが、企業の目指す究極の「最高善」を掲げて、企業全体をひとりの人間であるかのように行動させる。
ビジョンや理念は自ら美しいと思っている経営者の「思い込み」でも構わないのだ。「真の危機は誰もが思い込みという信念を持ち得なくなったときにおこる」

4 ビジョンや理念を達成するために「熟慮」する。
  経営への示唆:そのビジョンや理念を目に見え、体感でき、経験できるもの、その  
 企業独自の具体的で、ビビッドな「何か」として組み込まなければならない。「熟慮」するのだ。ビジョンと実践行為をどうつないでいけば、うまく、効率的に、連関できるかである。

5 戦略は「可能態」から「現実態」に転換する意思
 経営への示唆:アップル社を見よ。天才カリスマ経営者スティーブ・ジョブズは常に 
 自らの「最高善」として未来、理想のライフスタイルの夢を叫び、追い続けた。世界を席巻するグーグルのビジョンは、地球上のウエブのネットワークという沃土に、戦略意図をもってしつこくかかわり続けることによって、現実態としてのグーグルの在り様を生み出したのだ。

6 戦略は「活動」ではなく「過程」である。
 活動は各時点で完結していて、過程は続いている間は不完全である。
経営への示唆:戦略の展開には二つある。一つ目が改善施策や戦術展開。二つ目が変革や転換だ。アリストテレスは人間的な善である幸福は「よく生きること」とする。徳のうち、知性上の徳は「学習」によって、品性上の徳は、「習慣付け」によって身に付く。

8 戦略実践を断行し、観照(観察して知識や理論として整理)により検証する
 経営への示唆:「実践」と「観照」がDNAの如く螺旋状に絡み合っていくことで、企業戦略は永遠に方向修正を繰り返しながら実践され、主観的かつ客観的に理論化され、また実践される。
第2章 組織

10 企業は「善く生きること・善く行為すること」を追及する、個人の集合体
 経営への示唆:おもてなし業態の伝説、ノードストローム社のハンドブック
「ノードストローム社の最大の目標は、顧客に最上のサービスを提供すること」「いかなる場合も決定するのは皆さん(従業員)自身です。皆さんの優秀な判断力を駆使してください。それ以外のルールはありません。」

11 人間はコミュニティの一員、善悪の知識をもって共に活動し、生きる。
 経営への示唆:人が積極的に行動するのは他者からの認知、尊敬される認知の欲求よりくるモチベーションが基底となっている。
企業組織と共に暮らす個人にとって、幸福は個人に自動的に与えられるものではなく、個人が帰属組織である企業にたいして当然果たすべき義務をしっかり果たすことによってのみ、掴むことができる。米国大統領ジョンエフケネディの言葉。「国家があなたに何をしてくれるのかではなく、あなたが国家に何をするべきか」それを真正面から考えるべきだ。

12 国家内の対立は富者と貧者の間で結局は生じる。中庸なる中間階級が厚く存在   
   する国家を理想とする。
 経営への示唆:目指すは、ビジョンや戦略の実践に一致団結できる、対立や矛盾に対して積極的な妥協ができる、自律的内部統制が可能な組織体制。

13 成果主義ではなく「優れた性格」の習得こそが組織の目的となる
   徳を身につけるためには行動と経験が必要。
 経営への示唆:成果主義は、無機質な算術とロジックの世界で出来ている。単純知性の世界である。因数分解された予算目標や行為やプログラムは、人間性を考慮しない。徳、すなわち「優れた性格」は、楽しいと思われる訓練で体得可能。容易に習慣化できる。「優れた性格」はボトムアップの要素や資源として、もっとも大事な条件である。企業は人なり、人が企業組織の命運を担っている。
我々は優れた性格(徳)によって正しい目標を知り、思慮分別によつて目標にかかわるすべての(手段)の正しいあり方を知る。

14 規則ではなく「思慮分別」により選択する組織ダイナミズム」「我々は徳によって  
   正しい目標を知り、思慮分別によって手段を知る」
 経営への示唆:内部統制やコンプライアンスによる、杓子定規な管理手段を超えた組織の目標や価値観に基づく「思慮分別」をもって絶対的な拠りどころとする。

16 「問答的推論」の多面的「対話」で組織文化や風土を創る
 経営への示唆:ウイリアムソン教授、人は限定合理性(認識能力の限界)機会主義的(利己利益追求)だと、他者との交渉において駆け引きやしがらみや説得や衝突などさまざまな負担や労力や時間の無駄が生じる。これを「取引コスト」という。
取引コストを削減するように企業組織内で人が行動するとは、まさしく「問答的推論」による対話、コミュニケーションを活発にするということに他ならない。これが外部とのネットワークに拡張していくことである。

第3章 イノベーション

18 経験家より技術家(理論家)のほうがいっそう多く知恵ある者だと我々は判断し
   ている。経験家のほうは、物事のそうあるということ(事実)を知ってはいるが、そ
   れが何ゆえであるかについては知っていない。他方(理論家)は、この何ゆえか
   を、その原因を認知している。
 経営への示唆:「現場主義」に本当に問われるべきは、アリストテレスのいう「知恵」の側面がどこまであるのかということである。従業員の優秀さや勤勉さにかまけて、そこにおける「経験」を本当の意味での「知」に変える努力を怠ってきた企業が実は極めて多い。なぜなら、いま市場で起こっていることは、これまでと違う経済社会への入り口でのできごとであるからだ。

19 実践知(プラクティカル・ウイズダム)の前提には「優れた性格(徳の人間)」であること、「善」を目標にしなければならないこと、目標を「熟慮」したうえで使うべきものであること
経営への示唆:いまのリーディングプレーヤー、企業や政府といった行動主体の中核に「人格」、「人格の大きさ、深さ」が感じられない。
未来へのイノベーションを担わせるのであれば「優れた性格なくしては思慮分別を持つことは不可能である」という原点から、現在の取り組みをあらためて考えてみる必要がある。

20 知的活動は、「われわれにとっての判明なことがら」「経験的に明らかなであるこ
   とから、端的に(ことがら自体として)自然本来的に明らかなことへ進む
   愚直に「帰納」することが飛躍への近道 愚直さと超越性
 経営への示唆:それぞれの立場で自らの信ずる「現実」に真正面から向き合い、それに取り組むことの正当性と実現可能性を信じて邁進するある種の愚直さ
わらないことは自分の手で徹底的に調べる、自分の目や耳で感じる、議論を尽くす、持ち帰って考える。経営サイドに時代や時流を読む「眼力」と、組織やチームを信じ切れる「胆力」が必要。
愚直さを貫くには同質的な価値観の人間のほうがわかりやすい。しかし発想を飛躍させるため(超越性)には異質な価値観が混じり合うことが求められる。

21 「カテゴリー」(ものごとを区分けして考える)の創造こそがイノベーシヨンである。
   存在を「実体」「性質」「量」「関係」等カテゴリーに分類して考える。
 経営への示唆:それが「何であるか」について突き詰めて考え、あるいは市場にたいして「何であるか」そのものを訴えることに成功した事例。宅急便、ipad等、新しいカテゴリー創造にチャレンジする。新しい意味づけが新しい認識を生み、新しい市場を作るのである。

22 より一般的に言って、何かを行う快楽はその行動を阻害するどころかむしろ増 
   進する。それぞれの活動にはそれぞれの快楽がある。
 経営への示唆:要はワクワクする目標をつくれるかどうかなのだ。双方向の価値創出、価値=快楽=善というおおきなうねり。

23 目前の現実と「可能態」イマジネーションを同時的にイメージする
 経営への示唆:あらゆるチャレンジについて、忌憚なく「可能性」をいまの「現実」と「同時的に」共有しイメージを膨らませつつ、「現実」を謙虚にモニタリングし勝負所を誤らない、したたかな現場をつくりたい。

25 価値のモノサシは「教養」で作る
 経営への示唆:細かい業績管理が社内用の報告、管理プロセスを回すことが仕事の過半になってしまっていつ例。業務プロセス改善、コンプライアンス順守等で。「最後は企業人としての常識」で判断する言い方がされる。あえて常識ではなく「教養」のほうが装備すべき知的要件を明確化する。

26 「なぜ」という問に対する答え導き出す「四原因」の説。1そのものが何でできて
  いるか(本質)2何であるか(質量)3それが成立するための動きや変化を与えたも 
  のは何か(始動因・運動の出発点)4何のために成立したか(善)
 経営への示唆:行うべきは知的考察である。アリストテレスのいう「物事の原因」プロセスの循環、始まりと終わり、終わりから始まりを作る、連続的な変化を前提にして、次世代の起動装置を構想する。

 第四章 リーダーシップ

27 優れた人が、友人のため国のために多くのことをなし、必要とあれば死をも厭わ 
   ないのは本当である。
 経営への示唆:これからの市場・経済環境において、従来の延長線上の行動に解はない。変化が激しいこの時代、行動単位である「戦略単位」は自立した「独立した個人」が起点となるべきではないか。組織を動かすリーダーシップを発揮するには、個々人の裁量をどう認め、いかに育てるかをスタートラインにしなければならない。

28 知識が足りなければ正しい判断ができずに感情や欲望に流されてしまう

 経営への示唆:新しい時代を拓くための重要な要素は外部の力、リソースを束ね、動員する力である。オープンイノベーション環境とはいわば助け合いの世界である。リーダーはよき聞き手であることが求められる。それは情報の入る余地を担保せよということ。弱さの強さを絆にしたイニシアティブ。それはかっての日本社会の普遍的行動現だったのかもしれない。武士道、茶道の精神性。意思の弱さの露呈に陥るリスクは「どの程度正しい知識を持っているか」に左右される。

29 人間の愛と欲求の対象をアリストテレスは善きもの、快適なもの、有益なものの
   三つにわけた(アリストテレスの理性的願望)
 経営への示唆:日本企業の「らしさ」は働くことが楽しい(快適なもの)、世の中に役立つ(善なるもの)までも受け入れ理解してきたのではないだろうか。